目的:マンホールカードの受け取り

マンホールカードを集るのは、単なるコレクション以上の楽しみがある。それは、カードをもらうために訪れた場所で、思いがけない歴史や文化に触れられることだ。今回の目的地は「琵琶湖疏水記念館」。京都市が発行するマンホールカードには、琵琶湖疏水のデザインが描かれている。
「琵琶湖疏水」という名前は聞いたことがあったが、その歴史や役割について深く考えたことはなかった。ところが、カードをもらうために訪れた蹴上の街で、近代土木の驚くべき遺産と出会うことになった。
蹴上駅到着と「ねじりまんぽ」



蹴上駅を降りると、最初に目に入ったのが「ねじりまんぽ」。レンガ造りのトンネルなのだが、よく見るとレンガがねじれるように積まれている。何とも不思議な形状だ。
調べてみると、これは明治時代の土木技術の工夫の一つで、強度を高めるためにこのような積み方が採用されたという。琵琶湖疏水の建設に伴い作られたもので、当時の技術者たちの知恵と努力を感じることができる。単なるトンネルではなく、近代化の一歩を支えた貴重な建造物だったのだ。
インクラインの発見と役割



ねじりまんぽを通過した先には、広々とした傾斜地に鉄のレールが残る「蹴上インクライン」があった。ここでは、かつて舟をレールに乗せ、高低差を超えて運搬する仕組みが採用されていたという。
琵琶湖疏水は、単に水を運ぶだけでなく、舟運にも利用されていた。しかし、蹴上には急な坂があり、そのまま舟を通すことができなかった。そこで考え出されたのが、舟を台車に乗せてレールの上を移動させる「インクライン(傾斜鉄道)」という方法だった。
今では観光地として桜の名所にもなっているが、ここが明治時代のエンジニアたちの挑戦の場であったことを思うと、見方が変わる。
琵琶湖疏水と京都の発展

琵琶湖疏水は、京都の未来を救うための大プロジェクトだった。明治維新後、首都が東京に移り、京都の経済は衰退の危機にあった。そんな状況の中で、京都の活性化のために計画されたのが、この琵琶湖疏水だった。
この疏水によって、琵琶湖の水が京都に運ばれ、飲料水や農業用水として使われるだけでなく、日本初の水力発電にも活用された。その電力は、日本で最初の電気鉄道「京都市電」を走らせる原動力にもなり、京都の近代化に大きく貢献した。
琵琶湖疏水記念館では、このプロジェクトの詳細や技術的背景を学ぶことができる。カードをもらうために訪れたはずが、京都の発展を支えた壮大な歴史を知ることになった。
まとめ

「マンホールカードをもらいに行く」という単純な目的で訪れた蹴上だったが、そこで出会ったのは、明治時代の技術者たちが築いた偉大な土木遺産だった。
ねじりまんぽの独特なレンガ積み、インクラインの画期的な舟運システム、そして琵琶湖疏水が京都の近代化に果たした役割。それらを知ることで、単なる観光地ではなく、歴史の息づく場所として蹴上を見ることができるようになった。
マンホールカードは、ただのコレクションアイテムではなく、新しい発見や学びへとつながる「入口」なのかもしれない。今回の散策を通じて、京都の歴史に対する理解が深まり、さらに他の場所も歩いてみたくなった。